2026年のはじまり・須弥山編

先週は月曜日から、娘がインフルエンザBになり、原村への出張もキャンセルをして、ゆっくりとした時間を過ごしています。長男も風邪ひくことなく中学のスキー合宿に行くことができてホッとしています。こうした日常のイベントを一つずつ通り過ぎていくうちに、印象的だったはずの年末年始の思い出も少しずつ色褪せてきました。今年に入り1秒毎がとても濃密に過ぎていくように感じています。

さて、前回の続きです。


お年玉を引き取りに行った後、新潟の妙高高原に向かいました。Google Mapsで調べると関山神社というところがスキー場近くにあるようなので、家族でお参りにいきました。


とても雪深く静かな場所に関山神社はありました。奈良時代に裸行上人が開山したと言われているそう。裸行上人は熊野を開山したインドのヨーガ行者と言われているそうです。私の氏神様は熊野神社なのですよね。そしてヨガときたら、ここにくることは偶然ではなかったようです。

手水舎には雪解け水があふれていて、水の滴の滴る音が、響き渡っていました。


お宿に着くと部屋の窓の外に妙高山が見えました。妙高山は、日本の須弥山(宇宙の中心)とも呼ばれているそう。16年前に訪れたチベットのカイラス山も須弥山と呼ばれていましたが、なんとなく山の形も似ているようにも感じました。

その日は、ゆっくりと温泉に入り、翌日のスキーに備えることにしました。いつもスキーに来る時は、夫と子供達で滑っているのを私は室内から見ていたのですが、今年はチャレンジしてみようかなという気持ちになっていました。子ども達は心配をして、やめといたほうがいいとか、年齢を考えた方がいいとか、いろいろ言ってくるのですが、それを押し切り、51歳にして初スキーにチャレンジをすることに!


スキー当日、スキー板をつけてから身動きがうまく取れず、全く前に進まないのに、いきなりリフトに乗り頂上に行くことになってしまいました...汗なのか涙なのかわからない水滴がゴーグルの中にいっぱいになりながら、滑っては転びを繰り返して1時間、やっとコースの半分まできました。もうクタクタです。板を外して下まで歩いて降りることにしました。


あまりにも疲れてめまいがしてきたので、部屋に戻りました。スキーウエアから開放され、大の字で寝ていると、窓の外に妙高山が見えます。いい景色だなぁーと思いながら目を閉じました。すると柔らかな光が妙高山からふわーと降りてきて、私を包み込みました。その光は段々と強くなり、私の中に浸透していきます。”このためにここに来たんだ”と感じながら、しばらくの間、光の中に包まれていました。


私の意識が自身の中心にピタっと結びついて、その結びつきがとても強くなっていくのを感じました。そして外側の世界への興味が少しずつ色褪せていくような感覚がやってきたのす。内側との結びつきが強くなるにつれて、自分の感覚に敏感になって、SNSから離れ、長年、定期購読していたスピリチュアル系のnoteも解約して、いつしか情報から離れていきました。


この先、コミュニティや繋がりが大切になってくると言われているのにと、少し戸惑いましたが、それでも自分の感覚に従って今日まで過ごしてきています。


情報から離れたところで、大切な人との繋がりは、何も変わらないということ、これから先に必要な叡智は誰の心の中にもすでにあり、たとえ困難なことが起こったとしても、それを生き抜く知恵はとてもシンプルで、私たちが既に知っていることばかりだと、須弥山は私に伝えたかったのだと思います。


導いたり、導かれたり、与えたり、与えられたり

そういう季節はもう終わりを告げ、ただ愛で"在る"ことが大切なフェーズに入ったようです。


とても幸せな2026年のはじまりでした。


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